2016年06月26日

イギリスのEU離脱


英国のEU離脱について少し語りたいと思います。BREXITと呼ばれてグレートブリテン島で大きな争点になってきましたが、国民投票の結果、EU離脱賛成票が多数を占めました。この結果をどう理解すべきか。どう解釈すべきなのか。さまざまな憶測や解説が出されています。既に出されている説に対する批判を通して、より説得的な解釈を提示できるか試みたいと考えています。

「イギリスのEU離脱は、反知性主義である」 という解釈について、少し批判しましょう。反知性主義は、Anti-intellectualismという英語でも表現されます。実際にこの語(英語の方)で離脱派の人々を批判する動きも前からありました。しかし、EUに残留すべきだという主張が、知性主義で賢人の態度であり、EU離脱する主張が反知性主義で情念に振り回された主張である。引いては、一国の狭い視野に閉ざされた態度だと決めつけられるでしょうか。これは一定の留保を必要とするものではないでしょうか。

知性と情念の二分法を用いる思考パターンはプラトンの『パイドロス』あたりから見られる古いもののように思います。 一人の人間の魂には知的部分と情念的部分があり、なんとか情念的部分の粗野さ、野蛮さ、横暴さといった動物的衝動を乗り越えて、魂の知的部分にもとづいて人間は行動を導くべきである。これは明確な価値判断をともなう主張ですが、古来なされてきたものです。これを集団に適用して、人々の気分、情念に訴える主張を「反知性主義」と称して批判し警戒しようとする傾向は相当長くあるようです。

では、EU離脱の主張はもっぱら反知性主義だったのでしょうか。とてもそうは思えません。彼らも知性にもとづいて判断し、イギリスの人々の情念ではなく、彼らの知性と意志に明確に訴えかける部分を持っていたはずです。そこを検証する必要があると考えています。恐らく、EU離脱派の「知的」な理由の一つは、EUが、メンバーとなっている各国の意志を強く制限する包括的共同体であるということでしょう。イギリスはポンドの通貨使用を継続しており、その意味では、この国の政府の規定路線の一部において、EUという包括共同体に距離を置いていたのです。これは確かなことです。 国境管理に関しても、とにかくスケジュールを切ってシェンゲン協定への加盟を強力に(あるいは、脅迫的に)すすめようとしていたEUに対して、イギリスは態度を留保し続けました。これもこの国の規定路線だったのです。自国の通貨を維持し、自国の独自方針にもとづく国境管理を行う。べつに何ら反知性的な態度ではありません。基本要件を設定した上で、地域圏のプレーヤーとして他国との関係を深めることは、まったく反知性的態度とはいえないでしょう。

今の時代、交通手段の進化にともない通商がきわめて発達し、さまざまな産業において諸地域間での連携(グローバル化と言ってもいいでしょう)がすすんでいるからといって、各国家の裁量をきわめて強く制限する包括的共同体に属していなければ、すなわち排外主義の閉鎖的な孤立国家だと決めつけるべきでしょうか? 到底そうは思われません。時代に見合ったさまざまな相互関係を他の諸国や地域と作りながら自国の意志と裁量を留保するという選択肢もあっていいはずでしょう。問題は、EUがメンバーである国家を全方位的に縛る包括共同体かそうでないかという二者択一を迫っているところにあると見ることもできるのではないでしょうか。今回のイギリスのEU離脱をアメリカ大統領選挙の特定の候補者に関係付けて、閉鎖主義だと決めつける論調などは、とてもいただけません。それこそ、同時代の情報に惑わされ、いくつかの類似性で二つの現象を恣意的にむすびつけ、情念レベルで物言いしているようにしか見えません。

日本にもどりましょう。日本の多くの人々は、ともすると一国の枠組みを越えた、国際関係に、「知的に」高次のものが確実に埋め込まれているはずだと思考しがちなところがあります。その種の思考を無意識的にしてしまう傾向があると思います。国連に関してもそうですが、EUのようなヨーロッパの複数国家の共同体には、必ず設計主義にもとづいて種々の良い機能が埋め込まれ、そして実際に動いているに違いない... そう考えがちです。しかし、よく考えてみましょう。多国間の制度や仕組みが、例外なく諸国民の利益を実現しようとするもので占められているかどうか、そして、運用においてそのように機能しているかどうか。そこが重要なのではないでしょうか。

イギリスはEU諸国との関係が多少後退したとしても、孤立を深める道を突き進むことはないでしょう。EUの外の中東諸国、北米、南米、アジア、東南アジア、日本そしてアフリカ諸国などと独自の路線で関係を築く仕組みをつくるでしょうし、その仕組みの中でイギリス独自の道を「知的」に進む強靭な国家的意志を発揮するかもしれません。 

posted by 警鐘凡打 at 16:07| Comment(0) | TrackBack(0) | かたる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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