2015年07月20日

安保法案に反対する人々


安保法案について、前回かたりましたが、
今回は、安保法案に反対する人々について考察しましょう。
かれらにも言い分があると思いますので、もちろん全否定はしませんが、「おかしいなあ... 」と思うことがいくつもあるのです。

今回は比較的頻繁に耳にする言い分を考察します。

(1) 「 いまの日本は、戦争に突入した戦前の日本に似ている」

これです。「似ている」と言うことはとても簡単です。話をするその人が「似ている」と言えばいいからです。
ただ、安保法案に反対する人々は、複数の人物が、「似ている」「似ている」と主張しています。このような複数人物による「似ている」という主張に振り回されないように気をつけましょう。 何人かの人が「似ている」と主張したからといって、「似ていると判断すべきだ」ということにはなりません。

本質的な違いを説明しましょう。2015年の日本に隣接する諸国の事情と、1940年の日本の周辺事情は似ているでしょうか? びっくりするほど「似ていない」 と主張できるでしょう。果たして、1940年に、日本に隣接する国家、しかも、2つの共産党独裁国家が、核ミサイルを日本に向けていたでしょうか? これほど決定的に「似ていない」ことを裏付ける要素はないでしょう。そうです。シナと北朝鮮が、この2015年に日本を仮想敵として、日本に向けて核ミサイルを配備しているのです。これは、確かな事実です。

それから、「軍隊」について考えましょう。この2015 年に、安倍首相をはじめとして、いったい誰が、日本の資源の確保や領土の拡張のためだけを目的として、自衛隊を近隣諸国に進出させるなどということを考えているでしょうか?誰一人、そんなことは考えていない。現在の日本の領土を自衛隊で守ろうとしているのです。むしろ、現在の領土にまったく満足していないのは、シナの政府でしょう。2015年に領土の拡張にための武力行使を考え、しかも実行しているのは、南シナ海に人工島を軍事拠点と公言してつくっているシナであり、シナの軍隊でしょう。

「軍が暴走」などという言葉も曖昧すぎる表現ですが、よく用いられます。首相に指示も受けず国民の支持が一切ないのに、自衛隊が「暴走」し、近隣諸国からの何の攻撃もないまま、一方的に、核武装している北朝鮮やシナに大挙して突っ込んで行くなんてことがありうるでしょうか? そんなお笑い喜劇のようなことがありうるでしょうか? まったくありえないことです。非現実的です。 そもそも自衛隊は、アメリカの軍事暗号システム、アメリカの敵味方判別システムを使用しています。ですから、もしこのシステムをアメリカに完全停止されたら、自衛隊は展開すらできなくなるでしょう。「暴走」という言葉は、電車とか自動車とか自転車とか、そういう乗り物に用いることにしましょう。 「暴走」というのは単なる比喩の言葉です。それを用いると、何やら、非常識的な地点までおしすすめられるというイメージが共有されますが、2015年の自衛隊について、そういう誤った比喩の使用はやめた方がいいでしょう。

円猿の結論。

「1940年の日本と、2015年の

日本はまったくといっていいほど

全然似ていません」




(2) 「殺すより、殺されたほうがいい」

これもよく耳にしますね。このような発言は、それなりに歳をとり、自分自身の人生の信念として、思考と悩みの末に到達したのならば、自分ひとりが単独で持てばよいのです。それなら無害でしょう。だが、そうではなく、他人に発信すると、まったく別のものになるのです。マスメディアなどを利用して発信すると、さらに別のメッセージになります。つまり、 「殺すより、殺される方がいい」 という一人の人間の信念ではなく、「殺すより殺される方がいい。みんながそう判断すべきでしょう?」という、多くの他者の賛同と支持を求める主張になるのです。きわめて無責任な主張です。ヒューマニズムのかけらもない主張です。それを示しましょう。

円猿は、「殺すより、殺されたほうがいい」と声高にマスメディアなどで主張する人に聞きたいと思います。 「あなたの主張が原因となって、他の国民が殺害されたら、あなたは何か責任をとるんですか?」 と。そう質問すべきでしょう。だって、自分一人が殺す殺されるではなく、すでに、他の国民も巻き込んでいるんですから、当然、その程度の質問に堂々と回答し、責任を取れることを彼らは示すべきです。ですが、彼らは決して、自分の主張によって、他の国民が実際に殺害されたとしても、何の責任も負わないのです。 気持ちの悪くなるような無責任な言語使用がここにあることが分かるでしょう。ここまで考えてくれば、他人をまきこんで、「殺すより、殺されたほうがいい」 などと主張するのは、あきらかに非人道的な主張だとわかってきます。他の人々が何人死のうが、自分が生きている限り、結局、自分は飯を食い糞をし鼻くそをほじくって平然と暮らそうとする気まんまんなわけですから。徹底的に無責任で、ヒューマニズムに反する主張と言って間違いないでしょう。彼らが何歳であろうと、自分が死ぬというリアリティがないくせに、他人に平気で死を説きすすめる完璧な平和ボケ の人々です。

「殺すより、殺されたほうがいい」と声高に主張する人々は、自分たちを平和意識の高い存在として演出しており、「殺すより、殺される」方がかっこいいものであるかのよ うに見せかけようとしています。そういう浅はかな思想で、とりわけ若い国民を惑わそうとしています。彼らの思想ほど、日本国民の命、若者の命を軽視する思想はありませんね。

このように説明すると、「じゃあ、自衛隊はどうなのだ?自衛隊は殺す組織だろう?」と馬鹿げた反論にもならない口答えをしてくる人々もいますね。 答えましょう。自衛隊は、日本に隣接する諸外国にとって一定の軍事的脅威になるような規模の抑止力を持ち、実際に訓練することにより、日本に隣接する諸外国に対して、日本の領土への侵攻という野心を持たせないように、また、日本国民の大量虐殺などという非人道的な行為をさせないようにする組織です。もし、軍事衝突が起きたとしても、人を最大限殺傷しないように、抑止力として国土と国民を守るために武器を用いる集団です。自衛隊の訓練を見にいってください。そこで、本物の人に見立てた大量の人形や模型を、とにかく殺害する訓練を日々やっているでしょうか? そんな狂気じみた訓練は、なされていません。敵に見立てた射撃訓練程度のものはやるでしょう。それは、自分の身を護る訓練です。一方的に「人を殺す」ということは、自衛隊の目的ではないのです。あくまでも「抑止力」として、武器を使用し、部隊を展開して、国民と国土を守る訓練をしているのです。

円猿の結論。

「殺す方がいいか、殺される方が

いいか。殺された方がよいと、

個人的に最終判断したのなら、

一人で勝手に殺されてください。

他の国民を巻き込む無責任な

情報発信はやめてください。」


安保法案に反対する人々の主張は他にも幾つかあります。機会をあらためて取り上げましょう。
タグ:安保
posted by 警鐘凡打 at 02:53| Comment(0) | TrackBack(0) | かたる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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