2015年07月19日

安保法制


安全保障(略して安保)の法案が、国会で取り扱われています。
これについて、少し考察してみます。

「違憲」は、過去に何度も話されているのを聞きました。どうやら、これは憲法学者のプロパガンダのようです。日本だけでしょう。無策な憲法学者が数千人も存在できるのは。円猿の知っている幾つかの外国に、そんなに大量に憲法学者はいないです。

憲法とは、その国の国民が理解し、内容について見解の一致を得ることができる基本法である必要があるでしょう。国民が、自分たちの伝統を確認しながら、同時代の問題を議論し、さらには長期的な視野で未来の国民に継承することも視野にいれながら、代議制を通て、内容を適切にアップデートする仕組みが機能していれば、憲法学者などというテクニカルな労働者は少ししか必要ないのです。

安全保障について「違憲」を主張する人々、自衛隊について「違憲」を主張してきた人々は、あたかも現行の日本国憲法=日本という国民国家であるかのような不当な見立てをしていますが、この認識の押しつけは、もうやめるべきでしょう。くだらなすぎる。国民主権者が先で、国民国家が先です。憲法は、それに合わせて変更すべきものです。くだらない解釈の議論で専門家を増やす必要はありません。憲法の原点は、あくまでも、その国の国民が理解し、内容について見解の一致を得ることができる基本法です。憲法を国家と全く同一人格であるかのように異常な見立てをする憲法学者の詭弁が、今までどれだけ有害だったか、それははかり知れないでしょう。

「徴兵制」も無意味なプロパガンダです。
これは、平成二十七(2015)年の問題として全く議論されていないのです。そもそも、これが制度なのか? 制度ではないのか? という批判的な吟味が全然ない。それなのに「徴兵制」などという「制」つきの語がもちいられています。やめたほうがいいでしょう。 もし、制度として「徴兵制」について考えるのなら、さまざまな事柄を視野に入れる必要があります。いつ、どのようなケースで、どの国を敵として、どれくらいの規模で、どれくらいの期間たたかう戦争が起きた時に、どの程度の数の人員が足りなくなるのか。何歳から何歳の、どの性別の、どのような属性の国民を、どういう条件で徴用するのか、どのような訓練をして戦場で活動させるのか等々。制度として「徴兵制」を言葉に出すのならば、国会において、具体的にそういうことまで議論すべき対象ですが、何も議論の材料が提供されていない。つまり、完全に無意味なプロパガンダにすぎないのです。

自衛隊の基本機能が、大きく分けて3つあるでしょう。

(1) 国民と国土をまもる 
(2) 地震や甚大な災害・事故にともなう国内の災害復旧対応 
(3) 海外の平和維持活動、外国の災害復旧支援

実は、(1)がもっとも重要にもかかわらず、ここ20年ほどの期間を見るならば、(2)(3)の法制化が先行していたという事情があります。

あまり古い事例はとりあげずに、1992年の湾岸戦争の頃から行きましょう。湾岸戦争のときに、カネだけの支援しかできないし、国際貢献を全然評価されないということが問題になりました。それで、(3)がPKO法案として法制化されました。社会党は、このときも憲法で自衛隊は軍隊ではないから駄目だなどと主張していましたが、「軍隊」の一員であることを証明できなければ、紛争地へ平和維持活動で派遣されても、その辺のテロリストと同様にみなされ、どんな残虐な殺され方や拷問を受けても何も文句は言えなくなる。軍隊であることは、平和維持活動上、最低要件です。 それで、(3)が軍隊としての自衛隊の機能として法制化されたといえます。

(2)は、1995年の阪神淡路大震災の後で自衛隊の運用が法制化され、それが、2011.3.11の東日本大震災でも有効に機能しました。1995年の阪神淡路の時点では、天災が起きた場合の自衛隊の活動が異常に制限され、二次災害も含めて、多数の国民が犠牲になっています。無念というほかありません。ただし、阪神淡路大震災の後、災害復旧対応のために、合理的に自衛隊を運用することが法制化されました。(2)が軍隊としての自衛隊の機能として法制化されたといえます。

(1)が、いま問題になっています。国民と国土を守る軍隊として自衛隊を認知するということであり、国民と国土の守りを自衛隊の機能として法制化する作業です。

ここ数十年で、日本に居る国民だけでなく、海外へ仕事や留学に出ている多くの国民を守るということが問題になっています。 主権国家だけでなく、紛争地などに、短期滞在・長期滞在する日本国民もふえています。また、一昨年前には、アルジェリアの天然ガスプラントで日揮の社員の方々がテロの犠牲になりましたが、あれも今回の法案の議論の前提になっています。

拉致された日本国民の救済も重要なテーマです。数百人が北朝鮮に拉致されている。主権者である国民が、生命と自由を脅かされている事件です。それも、多数の事件です。 本来ならば、GHQに解体され公職追放に処せられた沿岸警備隊を、主権回復後に完全復活させ、憲法も改正して、警察と沿岸警備隊と自衛隊の完全連携を実現していれば、朝鮮総連の土台人と連絡を取りながら事前に計画を立て、佐渡の周辺から工作船でやってくる北朝鮮による拉致をブロックすることは不可能ではなかったでしょう。

不当に主権を完全に侵害されつづけているこの拉致された日本国民は、北朝鮮と南朝鮮が戦争をしたらどうなるでしょうか。仮に、北朝鮮がいきなりはじまった戦争にシナの支援等で勝利したら、さらにひどいことが起きるでしょう。現在南朝鮮にいるさらに大量の日本国民が拉致されることは確実ではないかと思いいます。もしも逆に、南朝鮮が勝ったらどうなるでしょうか。南朝鮮の反日政府のやることから想定されるのは、これまで北朝鮮に拉致されていた日本国民を、秘密裏にその後もそのまま拉致しつづけるということです。 「朝鮮半島有事」という言葉が用いられますが、こういう語をただ口にするだけでなく、有事の内容を具体的に想定して、有事の際にアメリカ等の軍隊や政府と連携して、場合によっては、自衛隊をかなりの規模で派遣し、主権者国民を救出する作戦をするポイントまでを想定しなければならないのです。

憲法改正をとにかくやるべきであり、憲法改正をやった後に、安保法制を通すべきだと主張する人が多いのも円猿は知っています。そういう人々は、憲法改正を実現可能なプロセスとして真剣に考えているのでしょうか。過去数十年の間、なぜ憲法改正ができなかったのか、根本的な理由を考えてみたことがあるのでしょうか。自衛隊の基本機能の3つについて上に説明しましたが、日本の法改正は、常に、後手後手に回っているのです。(2)でも(3)でも後手に回りました。 (1)国民と国土を守る という基本機能においても、後手に回るべきなのでしょうか? 阪神淡路の大震災のような大きな災害が起きた後に、災害復旧の機能が法制化されるように、 この21世紀に日本の国民が大量に殺害され、日本の国土が多くの犠牲のもとに失われた後に、国民と国土を守るという基本機能が法制化されるべきでしょうか? そうは思われません。 

ヘイワケンポーなどという馬鹿げた言葉で、現行憲法を呼称している間に、日本の周辺諸国は日本を仮想敵として徹底武装していますね。 もし仮に、日本の憲法の精神を理解し、日本の周辺諸国が、「日本に対してだけは仮想敵とせずに核も向けない」という態度を一貫して取った過去があったなら、話は別でしょう。そんなことは、1970年代から2015年まで50年近くにわたって、たったの一度もありませんでした。シナは大量の核ミサイルを日本に向けて通化というところに配備しています。北朝鮮も随分前に核開発に成功し、100発以上の核ミサイルを持っているといわれています。当然日本を射程内にする要件で開発しています。

すみやかに安保法制を法制化し、その後に憲法改正を実現する必要があるでしょう。
posted by 警鐘凡打 at 02:45| Comment(0) | TrackBack(0) | かたる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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