2017年01月07日

新年に「地方」をかたる


平成二十九年になりました。今年は酉年、丁酉(ひのととり)の年です。ことしもよろしくお願いいたします。

新年に何をかたろうか...と思い、「地方」についてかたります。円猿は、仕事の関係で東京を離れて一時的に地方で暮らしています。地方といっても地方都市ですが、どこの地方かは伏せます。

地方は、相当な人口の都会であっても、いろいろな意味で人間関係がしっかりしており、それでいて、それほど閉鎖的ではない。そんな感想を持っています。地方(都市)は、東京などと比較して、お金への依存率がかなり低いことも分かりました。これはすばらしいことです。お金が不要なのではありません。そうではなく、金銭で均しなみにものをはかる領域の外に、金融や商品経済に限定されないもっと大きな経済の次元があるからです。それから、地方では、子供たちが東京で見るよりもみんなかわいく見えます。地域に子供を大切に育てる伝統があるからだと思いますし、東京よりものびのびと育っているからでしょう。元気いっぱいに遊んでいます。また、子供から青少年、そして働き盛りの世代からお年よりまで、世代がつながっているように見えます。世代間のコミュニケーションが健在なのです。これもすごいことです。東京などと比較にならないほどです。とてもではありませんが、ここに書ききれないような数多くの独特の良さが地方にはあります。それぞれの地方固有のよさは、ほとんど無限でしょう。

ただ、地方が閉鎖的ではないと言っても、それだけで評価できるわけではありません。 円猿がはたらいている地方の人々は、マスメディア経由でしか他の都市や外国で起きている情報に関心をさいていないということもわかりました。危ないことだと考えています。 実際、円猿が仕事場で会う地元出身の人々が多くいますが、彼らは、ほとんど他の地方や東京、そして諸外国で起きている事柄に関心がないように見えます。東京が一番だなどということは全くありません。東京でやっているから、地方でもやった方がいい。そういうことばかりでもない。しかし、仕事する中で国や東京に関係する事柄が出てきても、「東京ではどうなんですか」という質問を一度も受けたことがありません。不思議に思っています。もちろん日々の会話や議論のレベルではないところで、関心を発揮していれば別ですが、そうでもないようなのです。

逆に、他愛ないことでも、地元に関する話題を振ると、みなさん揃ったように、よくぞ聞いてくれた... というような様子でにこにこ多弁に語りだします。 郷土愛はとてもよいと思いますが、「他者を知る」という本質的な努力を、自分から主体的にはたらきかけて相手に しなければ、他人を理解することはできないでしょう。漫然と一年、二年、経過していくだけです。なれ合いの関係になるかもしれませんが、それで終わりで す。相互に理解したことにはならないでしょう。 これは一人対一人の次元だけの話ではありません。

「地方は自分たちのことで精一杯なんだよ」 という声が聞こえてきそうですね。 もっともな意見に聞こえます。しかし、いかなる地方であれ、同じ声を上げて、「自分のことで精一杯で、国や他の地方のことは知らないよ」となったら、いったいどうなるでしょうか。制度の次元に限らず、日ごろから主体的に他の地方で起きている事柄に関心を持つ必要はあるのではないでしょうか。マスメディアに断片的に出てくる話題をはるかに越えて、日本の他の地方や東京、さらには諸外国で起きていることに踏み込んで関心をもち、関心を追求して、自分の地方の問題に立ち返るということも重要なのです。

なぜこのような主張をするかというと、地方の方々の中には、東京や日本の国についてもおおいに語り議論に参加するだけの潜在能力を持つ人が多いと思ったからなのです。自分の生きる地方を大切に考えながら、他の地方で起きている事、東京で起きている事、日本という国がかかわる重要な事柄、そして、諸外国で起きている事に彼らが真剣な関心を持ち、そして場当たり的な関心ではなく、ねばりづよく関心を発揮し続けたならば、それは大きな力になるはずです。


ラベル:新年 酉年 丁酉
posted by 警鐘凡打 at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | かたる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする